ワークショップ報告「秋の美術鑑賞・世田谷美術館」
10月10日、世田谷美術館「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」にて、秋の美術鑑賞ワークショップを行いました。参加したこどもたちそれぞ れが、「一番印象に残ったものを先生や友達に紹介しよう」というテーマのもと、「裸の心」で作品と対峙し、感想を文章にしました。
ワークショップ報告 (小林敦)
今回観に行ったのは、スイス、ヴィンタートゥール地方の美術館所有の印象派をはじめとする近代絵画、彫刻のコレクションだ。
展示内容は、今からおよそ100年前の絵画・彫刻。その時代は、機械化の時代の真っ只中。絵画とはいえ、時代の変遷とは無関係にはいられなかった。とりわけ、写真=カメラの普及により、目の前の現実を切り取り、再現することが容易になってしまった時代でもある。
たとえば、それまでの時代、特に、ルネッサンス期のダ・ヴィンチやアルブレヒト・デューラーなどが創始者といわれる遠近法は、目で観る世界をその まま、まさに再現するために、数理的な技法を用いたわけで、その後は、それが主流となっていた。しかし、写真が一般化すると共に、その担っていた意味、役 割が薄れてきたわけだ。
とすると、絵画の役割はいかに? 絵画の絵画たる意味(意義)は? といったことを模索しながら、こうした時代背景の中で、さまざまな表現技法が生まれるのも必然であった。
そこで、その先鞭をきったのが印象派。そして、キュビズム、表現主義、フォビズム(野獣派)、などなど。対象を正確に再現するだけでなく、自分 (たち)は、世界をどのように捉えているのか。印象派は、光学技術(たとえばゲーテの色彩論)に基礎をおき、対象を光に分解して再構成するという技法。 キュビズムは、ある一点からの視点だけでなく、対象をさまざまな視点に解体し、それをひとつの画面に再構成したもの。と、このように、眼の前の現実をあら ためて、じっくりと観る(=読む)ことで、新しい技法が生まれたのだ。
これがテーマになった時代の作家たちの作品のコレクションであった。この近代の世界観は、絵画をはじめとするアートのみならず、文学の世界にもあ らわれているので、その意味では、国語や美術、数理科学、哲学などといったジャンル別に語られる問題ではなく、あらゆる思考・表現ジャンルに共通する問題 であるということを、基本的な概念として押さえておくことが必要だろう。





