終末期における医療の移り変わり(高1・Y君)

講評(講師:石塚 廉)

私たちの終わり方―延命治療と尊厳死のはざまで (学研新書)

高校一年生のY君は、「終末期医療の移り変わり」について解説するレポートを作成しました。彼がこのテーマを選択したきっかけは、延命治療を扱ったドキュメント番組をテレビで見た際、家族で話し合ったことにあります。死という重いテーマであっても、いたずらに遠ざけるのではなく、きちんと家庭で向き合い話し合う場があることが、Y君の積極的な学習態度につながっているのでしょう。当初、彼は「延命治療の是非」について小論文を書こうと考えていましたが、調べを進めていくうちに、現在の患者の終末期に対する医療的態度が、盲目的にただ生命の維持を継続することを目的とする生命至上主義から患者の人生の質=QOL(Quality of life)を重視する方向へと変化していることを知り、その移り変わりが自分の考えと重なっていることに気がついていきました。そこで、今回はその過程を解説するレポートとして文章を作成しました。

本文

『終末期における医療の移り変わり』

序論

れから、終末期における医療の移り変わりについて説明する。昔は、瞳孔が開き、息を引き取ったら人の死とされていた。しかし、医療が発達していくなかで、その状態であったとしても生命を維持できるような延命治療が可能になった。やがて延命技術が高度になるにつれて、ただ延命のみを目的とする終末期の医療が見直され、患者は、自分の死をどのようなものにするのかを自分で選択する時代になった。

延命治療とはなにか

延命治療とは、終末期になった患者に対して、少しでも長く生きさせるために行う医師による治療行為のことである。終末期とは、脳死などの治る見込みがなく、数日以内、または数時間後に死亡が予想される状態のことである。その治療行為とは、心臓マッサージ・人工呼吸器の装着・抗生物質の強力な使用・鼻チューブによる栄養補給・点滴による水分補給がある。これにより、心肺が停止したり、食物を食べられなくなったりした患者も生命を維持できるようになった。

延命治療の問題点

しかし、それにより新しい問題点が生まれた。それは、スパゲッティ症候群という言葉に象徴される。スパゲッティ症候群とは、患者の体中に生命を維持することを目的とした医療機器のチューブがはりめぐらされている状態のことである。それまでは、患者の命を少しでも長く生かす事を第一とする生命至上主義の考え方が一般であった。しかし、無意味に生きる時間を伸ばすことによって患者の人生の質(QOL=Quality of life)を損なってしまうスパゲッティ症候群のような状態が問題視され、QOLを向上させるターミナル・ケア(終末医療)をする考えに変わったのである。

ターミナル・ケアとは

ターミナル・ケアとは、終末期になった患者に対して、延命を目的とせず、身体的苦痛や精神的苦痛を軽減することによって人生の質を向上させることを目的とする看護のことである。医療的処置(緩和医療)に加え、精神的側面を重視した総合的な処置がとられる。

延命治療の拒否

そのため、現在では、延命治療を拒否するための「リビング・ウィル」という仕組みがある。延命治療を望まない患者が死期に迫った時に登録してある「尊厳死の宣言書」(リビング・ウィル)を担当医に提示すると、延命措置などをせず、人間らしく安らかに、自然な死を選択することができる。このような死のあり方を尊厳死という。

延命治療の取りやめの際の問題点

しかし、ここにも新たな問題点がある。患者が希望して「リビング・ウィル」を提示しても、場合によっては一度始めてしまった延命治療を医師が取りやめたら違法になってしまうのである。なぜなら、一般的には尊厳死と呼ばれているが、それは手段として安楽死にあたり、安楽死は、原則として日本では認められていないからである。しかし、現に「尊厳死」という言葉が生まれ、そのような死を選ぶ人もいるのも事実である。では、どのような時に安楽死が認められる、あるいは、違法となるのか。

安楽死とは

1996年9月JAMAに掲載されている「ワシントン州における医師による自殺幇助と安楽死 患者からの依頼と医師の反応」という論文の日本語訳版では、安楽死の定義を「安楽死とは、一般には本人の自発的要請に基づき、医師が医療的方法により死をいたらしめる」こととしている。また、安楽死は、法律的分類と生命倫理的分類の両者を考慮すると、積極的安楽死・消極的安楽死・間接的安楽死・医師による自殺幇助の4つに分類される。積極的安楽死とは、患者の命を絶つことを第一の目標として致死量の薬物を注射することである。消極的安楽死とは、人工呼吸器などの延命装置を装着した後で、それを外し、患者を死に至らしめることである。間接的安楽死とは、安楽死の目的で使用される薬物ではないが、有効な症状緩和をもたらすと同時に、呼吸や循環が抑制するという副作用があり、結果的に患者を死に至らしめることである。自殺幇助は、医師が自殺用の薬剤や方策を患者に提供することによって、患者自身が生命を絶つことである。

安楽死の違法性

これらの安楽死を実行できるのは、医師であり、その方法も医療的方法、つまり薬物を用いる事としているが、これは定義上の事であり、医師であったとしても安楽死を実行することは、どれも刑法の自殺関与罪、同意殺人罪が適用される。しかし、以下の一定の要件を満たすとその違法性が阻却される。

  1. 耐えがたい肉体的苦痛がある
  2. 死期が迫っている
  3. 苦痛を取り除く代替手段がない
  4. 患者本人からの明からな意思表示がある

この要件は、平成7年の東海大学病院安楽死事件で示された。これは、安楽死を実行した医師である被告人に殺意があったとして殺人罪が問われた事件である。その判決の際、被告人に要件が満たされていなかったとして懲役2年、執行猶予2年の判決が下された。

結論

このように、終末期医療に対する考え方は、以前は延命治療のような生命至上主義が主となっていたが、現在では、QOLを重視する考えとなっている。それによって患者自身が自分の死に方を決めることができるようになった。しかし、命の価値を時間で計る生命至上主義とは異なり、QOLは、それを客観的にはかる基準がなく、その価値は人によってそれぞれである。だから、患者の尊厳死に携わる医師は、状況に応じた慎重な判断力を求められる。また、患者は、医療に対する正しい知識を学ぶことと自らの治療と死について意思を示すことが大切である。これが現在の終末期医療における重要なことであり、課題点でもある。

〈参考〉

  • 廣瀬輝夫 「死の医学 良い死に方、死なせ方」(学生社)
  • 斎藤義彦 「死は誰のものか 高齢者の安楽死とターミナル・ケア (MINERVA21世紀ライブラリー)
  • 真部昌子 「私たちの終わり方 延命治療と尊厳死のはざまで」(学研新書)
  • 関西医科大学法医学講座のwebページ(http://www3.kmu.ac.jp/legalmed/lect/anraku.html)

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