妄信、信念、信仰(高3・T君)

講評(講師:高桑洋彦)

このレポートは、クリティカル・シンキング(論理的思考)を妨げる態度のひとつとして提起された『ひとはなぜ超常現象を信じるのか』という問いに ついての解説と意見表明です。公共に益するべきテレビで超能力やスピリチュアルなるものが興味本位に取り上げられ、高視聴率を得ていることを苦々しく思っ ている者として、人々が誤った判断に迷い込む原因を分析し、丁寧に説明してくれたことに満足しています。

このレポートで注目すべき点は、超能力を排除する一方で、信念や信仰を肯定的に捉えていることです。生徒は医学部進学を希望していますが、その動 機を尋ねますと、介護や養護などわが国の福祉の現状に危機感を抱き、その解決に一石を投じたいということでした。まさに信念なくして歩むことのできない道 であり、その心意気を反映したものと言えるでしょう。

現在、医学系論述問題の指導という形で生徒に接しているのですが、最新の医学知識や問題点を学ぶチャンスと捉えると同時に、生徒が希望する進路に進めるよう、微力を尽くしたいと考えています。

本文

『妄信、信念、信仰』

人は通常、物事の妥当性を判断するとき、確実な証拠がなければ信用しないものである。超常現象と称されるものは、科学的根拠の乏しいものである。 それにも拘らず、多くの人々が信じ込んでしまうということは、そこに科学的判断を覆すような何かが働いていると考えざるを得ない。人々をそのような思考方 法に導く理由は何かについて考えてみたい。

≪人々はなぜ超能力を信じるのか≫

超常現象の一つに超能力がある。スプーン曲げやテレパシー、透視といったものや占いの類である。これらには科学的な根拠がなく、実際はマジックや偶然の 作用にすぎないことが多い。しかし、アメリカの世論調査によれば、成人の4割が超能力を信じており、星占いも約4割の成人が信じているという。さらに、超 能力捜査官を導入している警察署があるくらいだから、超能力を信じている人々がいかに多いかが分かる。

 ―視覚の影響―

人々は超能力を目にする以前の段階では、半信半疑であったはずである。否、むしろ信じない人が多かったに違いない。しかし、いざ目の前で超能力を見せつ けられると、その時を境に信じ込んでしまう。その理由として、人間が情報取得の大部分を視覚に頼っていることがあげられよう。信じられないようなことが目 の前で繰り広げられているという強いインパクトを与えられたとき、そのイメージが脳裏に焼き付き、簡単に超能力を信じてしまうメカニズムが人間の中に出来 上がってしまうのだ。

 ―ステレオタイプ―

また人々は、“医者なら白衣を着る”といった固定化した概念(ステレオタイプ)に寄り掛かりがちである。超能力のような印象深い現象がいったん脳に刷り 込まれると、それが固定観念として定着し、それ以降に超能力らしきものを目にしたとき、固定観念から逃れることが難しくなる。

 ―奇跡を待ち望む心―

人はしばしば欲求不満に陥る。原因は仕事の不出来、学校の成績の不良、人間関係の悩み、生活上の問題などさまざまである。これらの欲求不満を解消しようとしても自分の力が及ばないとき、人々は奇跡を待ち望むようになる。
例えば、試験勉強をろくにしてこなかった生徒が、試験の前日になって何とかして赤点を免れる方法はないものかと思い悩み、“簡単に合格点を取れる方法が あるよ”と持ちかけられたとしよう。彼はそれが疑わしいとわかっていても、飛びついてしまうに違いない。この手法は、実はビジネスで多用されており、例え ば、生活習慣病の番組に健康食品のCM、地震の特集番組に保険のCMを挟み込んだり、水周りの雑菌が知らぬ間に繁殖していると言ったあとで洗浄剤の宣伝を 行うなどはこの例である。

≪信念について≫

 ―自己成就予言―

しかし、ものを信じることは必ずしも誤った結論を導く悪い要素として働くわけではない。人は信念を持ったとき、行動や思考がその方向に向かって変化し、 時に他人の行動にも変化を与えることがある。なぜなら、人は自分にとってプラスになると思われる事柄を肯定したがる傾向があるからだ。実際、教師に成績が 上がると言われた生徒は、一年後IQが飛躍的に上がったという。他の実験では、同じ学力を持つ生徒を集め、一部の生徒に心理テストを施して将来成績が上が ると伝えておくと、それらの生徒に著しい成績の向上が見られたそうである。これをピグマリオン効果というのだが、「褒めて伸ばす」という言葉は事実のよう だ。実際、英会話教室や塾などではこのピグマリオン効果が使われており、習熟度別クラスを編成することによって受講者にプラス思考をさせ、モチベーション を高めることによって効果を上げている。

≪信仰とは≫

日本では明治維新以前、宗教が政治や医療の場で重きを為してきた。昔は情報技術や医療技術が発達していなかったため、こうしたものに頼らざるを得なかっ たと考えられる。しかし、宗教の本質は、超人が奇跡を起こして雨を降らしたり病気を治したりすることにあるのではない。これらのことは、一般の人々に宗教 について関心を持ってもらうための方便として利用されたに過ぎない。
宗教における信仰とは、人々が生きてゆく上で悩んだり、迷ったりしている時、心の支えを与えたり生き甲斐を発見させることにある。例えば仏教では、貧困 に苦しむ民や悪事を働いた者に対して一定の戒律を与え、人を道徳的に正しい道へと導く道標を示すことがある。また、多くの宗教に共通して言えることである が、人の死を否定的なものとしてとらえず、むしろ肯定する傾向があることから、宗教には人の死に対する恐怖や悲しみを和らげる役割もあると考えられる。

≪結論≫

以上のように、人は超常現象や奇跡のような非現実的なものを信じるという誤った考えに陥る場合があり、その思考パターンは、強烈なインパクトや他人から の干渉などによって引き起こされる。これは結局、周りの状況に流されて生まれたものと言えよう。超能力でも占いでも、論理的に考えれば信じることはないで あろうに信じ込んでしまうのは、人の心理をうまく突いているからであって、この手法はビジネスやマスコミの情報誘導にも利用されているから注意が必要だ。 周囲に流されて誤った考えをしないようにするには、受動的に物事を受け入れるのではなく、まず疑ってかかることが大切であると思う。
ただし、自己成就予言としての信念や宗教における信仰のように、結果的に人を良い方向に導くこともあるということを忘れてはならない。

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