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日本の社会保障(高2・M君)

Posted By admin On 2009年4月11日 @ 6:32 PM In トップレベルクラス | Comments Disabled

講評(講師:篠 謙一)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書) [1]

高2のM君が、「日本の社会保障」というテーマで小論文を書きました。具体的には、「教育の保証」、「家族政策」、「医療保障」についてです。

これは、彼が以前に記述した「イスラエル・パレスチナ問題 [2]」というテーマの小論文と違って、テーマそのものはM君自身が選択しています。また、今までは、コーパス(資料)は講師の側で用意しましたが、今回は、彼がインターネットや書籍等で、必要なコーパスを探し出しました。

M君のテーマ選択の契機となったのは、「ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書) [3]」(堤 未果著・岩波新書・2008年日本エッセイスト・クラブ賞受賞)との出会いでした。「社会保障」という言葉の発祥の地はアメリカですが、そのアメリカ社会 においてその社会保障は縮小し、逆に貧困層が拡大、そして、富裕層と貧困層の二極化が進行中であるという現実が、生々しく報告されています。

上記の本に衝撃を受けた後、北欧のように「社会保障リテラシー」を学校で教育していない日本で、「それでは、アメリカ型経済を模倣する日本の社会保障は、どのようになっているのか」という疑問がM君の脳裏に浮かんだとしても、それは自然なことであったと思います。

自分で課題を探し、自ら学習、思考し、主体的に判断、行動する。そして、よりよく問題解決をしようとする、という過程は、コンピテンシー(実際的 な能力)を育むことにつながります。M君は、小論文を記述することで、その過程の一部を自ら体験しましたが、今後、彼が主体的にどのような課題を見出して いくのか、期待したいと思います。

本文

『日本の社会保障』

この間報道されていたニュースにこのようなものがあった。「国民健康保険料を滞納している世帯の子どもが『無保険』になっている」 (CBニュー スより)。日本では、1961年以降国民皆保険制度を採用しているが、徐々に被保険者の負担割合が増えてきているのと同時に、低所得者人口の割合も増えて きていることで、保険料を払えない人が出てきている。この文章で、日本の社会保障制度について全般的に調べて、考えていく。

1. 教育の保障

日本では、若年層に対する社会保障制度が不十分であるといわれている。日本において無償教育が受けられるのは、中学校までの九年間となっている。高校進 学率は90%を超えているのにもかかわらず高校の授業料を支払わなければならない。また、大学進学率も約50%を超えていて、授業料は国立約54万円、私 立84万円と非常に高額である。さらに、日本では私立大学が全体の75%以上を占めている。授業料が高額で大学に入れない、あるいは国公立に入るために予 備校に通いたくても通えない、というような人が出てきている現実は、教育を平等に受ける権利があると謳う憲法と大きく異なる。

では、諸外国に関してはどうか。日本と教育状況が似ている国として、アメリカ合衆国が挙げられる。アメリカも日本のように公立と私立大学共存して いる環境となっている。アメリカ合衆国の大学授業料は、州立で日本円にして約56万円、私立で平均218万円と日本以上に高額となっている。アメリカで も、大学に進学しなければ企業等に就職することが難しいため、多くの人が大学に進学する。しかし、授業料・教材費など多くの費用がかかるため、貧困層家庭 出身の大学生の多くは、自身の持つクレジットカードのローン地獄にあえいでいるという。(アメリカで資本主義が極度に推し進められたため、学生の多くがク レジットカードを持っている。)

しかし、日本やアメリカのように公立と私立が共存する環境は、先進国の中では稀である。ヨーロッパ諸国では、大学はほとんどが国公立である。その ため、授業料は無償、あるいは非常に安くなっている。国民負担率が日本の倍以上の北欧をはじめとして、ドイツ・フランス・ベルギー・スイスなど、EUの多 くの諸国で大学授業料が無償となっている。その他の国では、例えば、オーストリアは5万円前後、オランダは約14万円、イギリスも上限が60万円となって いる。(参考までにケンブリッジ大学は22万円)。さらに、これらの国では、学校の成績などが重視され、高校以外の勉強が多く必要になることはない。その ため、日本のように予備校に通う必要もない。授業料が高額なアメリカでさえ、高校での成績が重視され、高校外の勉強は不必要である。

以上のように、日本の高等教育は非常にお金がかかるものとなっている。このことは、金銭により教育に格差が生じることを意味する。日本が1979 年に批准した国際人権規約の中に、中等教育と高等教育における漸進的無償化について触れられた部分がある。しかしながら、日本はこの条項を留保している。 批准した151ヵ国の中で、留保したのは、アフリカの発展途上国2ヵ国を含めて3ヵ国だけなのである。近年叫ばれている経済格差等の一因が教育にあること は明らかだ。格差是正には高校・大学まで授業料がかからないような教育制度が必要である。

日本政府が見解を改め、教育の場を平等に与えていくべきだ。

2. 家族政策

家族政策とは、婚姻や親子などに関する法律の制定、児童手当や育児休業給付、保育サービスに対するサポートなどのことである。日本は、政府の家族政策の 対GDP比が欧米の二割程度である。日本の社会保障の割合が低いと叫ばれているが、特に家族政策ではその傾向が顕著である。そこで、日本が目指すべき家族 政策について考えていく。

先進国家では、国の家族政策が合計特殊出生率に影響を及ぼす。日本では、その出生率が世界全体で低い方から11番目である1.29(2007年) である。それに対し、先進国の中ではトップクラスのフランスは、1.89と日本を大きく上回っている。ここで、この二国の家族政策費の対GDP比を比較す ると、フランスは3.5%であるのに対し、日本は0.7%となっている。他の先進諸国をみても、家族政策費の対GDP比が2.5%(日本の約3倍)を超え ている国は、全て出生率が先進国平均の1.60を超えている。このことから、家族政策費の違いが出生率を大きく左右していることが理解できよう。

次に、日本が見習うべき国家として挙げられる、家族政策に積極的なフランスの政策を調べていく。先にも挙げたように、フランスの出生率は1.92 であり、現在も上昇し続けている。フランスは1990年初頭に少子化対策に本格的に取り組み初め、1994年以降、それまで減少し続けていた出生率が上昇 に転じた。

フランスの家族政策は大きく、子供のいる家庭への家族手当・育児支援・家族形態を問わないことの三つに分けられる。それぞれについて具体的にみて いく。一つ目は、子供が二人以上いる家庭へ家族手当を支給することである(子供が一人の家庭は対象にならない)。支給額は、一家庭あたり約1万6千円で、 子供が成長するにつれて、額も引き上げられる。子供が三人以上になると、三人目以降一人あたり2万1千円支給される。それだけではなく、三人以上の子供の いる家庭は、レジャー施設の料金割引・鉄道の乗車賃割引などの特典もある。「1. 教育の保障」でも述べたが、教育費も大学まで無料である。二つ目は、育児 休業中も、国が月約7万円の休業手当を支給し、会社は休職前の地位を保障するという法律が制定されていることである。子供が三歳なるまで両親の一方が休職 することができほか、ベビーシッター費なども補助の対象となっている。そして、日本と大きく異なるのが、三つめの家族形態を問わないことである。フランス では、婚外子(親が結婚していない子ども)の割合が46%と、全体の約半分近くになっている。これは、フランスで起きた1968年の五月革命で既成の考え 方が根本から変化したことによるもので、国全体の雰囲気として婚外子でも子供を産みやすい状況にある。更に、政府が事実婚の場合であっても、結婚している 夫婦と同じ権利を与えていて、それが高出生率の維持に寄与している。このように、フランスではいかなる形の家庭の子供であっても、偏見が少ないため、女性 が子供を産みやすい環境にあるといえる。

では、日本の家族政策はどうなっているのだろうか。まず、家族手当についてみていく。支給される期間は、小学校修了までとなっていて、支給額も第 一子は5千円と、フランスの三分の一程度である。第一子の総支給額は、日本は8万円程度であるのに対し、フランスは20万円と約2.5倍である。さらに、 育児休業中の支援も、子が一歳までの場合であり、しかも保育所に入所できないなどの場合、と制約がつく。その上、「女性は結婚したら仕事をやめるべきだ」 との保守的な考えが未だに残っているのも、出生率向上にとって大きな弊害になっている。しかし、現在、日本では、女性は仕事に就きたがる傾向にあり、育児 より仕事を優先する人もいる。

このように、日本とフランスでの家庭への支援との違いは歴然としている。フランスが特殊な例ではなく、欧州の多くの国がフランスに準ずる政策を とっている。現在、国が繁栄していても、人口が減り続けると経済成長を続けることが難しくなることが経済学で明らかになっている。このことを日本政府は肝 に銘じて、出生率が上がるように、欧州各国に習って家族政策重視の社会保障政策を展開していくべきだ。

3. 医療保障

三番目に、日本の目指すべき医療制度について考えていく。私は、日本の医療制度は現在のそれの若干の改善で十分であると思う。というのは、ほぼ全国民が 適切な額で、適切な治療を受けることのできる、ある程度適切な制度だからだ。では、そのことを日本とアメリカでの医療制度を比較しながら書いていきたいと 思う。(ただし、ここでは財源については考えないことにする)

最初に、日本の国民皆保険制度についてみていく。日本では1961年に国民皆保険制度が整備されて以来、基本的に誰もが安心して医療を受けられ る。しかも、日本の医療はWHOから世界トップレベルであると認められている。日本国民は、国民健康保険、健康保険、共済組合などの公的保険期間のいずれ かに加入することで、医療費が三割負担で済む。入院費は一日5千円程の負担で済み、入院費の支払いが心配で長く入院することができないこともない。そのほ か、医療費の負担だけではなく、国からの出産一時金なども存在する。出産費用は、平均37万円かかるが、出産一時金35万円が支払われるため、2万円ほど で子どもを出産することができる。最近では、医療費の負担が重すぎるという意見もあるが、保険料は平均して収入の3%程度で、決して無理な額の負担を強い られているわけではない。

次に、比較対象としてアメリカ合衆国の医療制度をみていく。アメリカは医療制度が充実しておらず、先進国で最も悲惨な状況にあるともいえる。そも そも、全国民に対する国による公的保険制度が存在せず、低所得者向けの「メディケイド」と、高齢者向けの「メディケア」の二種類のみだ。その他の国民は、 民間の保険会社に加入しなければならない。しかし、強制ではないので加入していない国民も多くいる。だから、無保険のために一回の手術で自己破産してし まった例もある。また、ある女性は、民間の医療保険に加入せずに、出産を迎えたところ、後日送られてきた請求書には、妊娠検診費・入院費・新生児の体温測 定などのケアなどの合計として約240万円が請求されたそうだ。(堤未果著「ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書) [3]」 より)この例は珍しいわけではなく、アメリカにおける出産費用は平均して約180万円である。先に述べた日本と比べれば明らかに高いことがわかる。また、 アメリカではDGR(診断別定額支払い制)と呼ばれるシステムを採用しているが、このシステムは医療サービスを切り詰めることで病院の利益が増える仕組み なのである。アメリカの病院は、新自由主義(完全な競争原理の導入)の時代の流れの影響で、多くが株式会社型の経営を導入している。そのため、より多くの 利益を出すために、医師は一人あたりの診察時間を減らすことを余儀なくされ、患者が受ける診察の質は落ちるばかりである。

このように、日本とアメリカを比較すれば、どちらがよい制度を導入しているかは明らかである。米国は、医療費の対GDP比は世界トップの 15.3%であるのにも関わらず、医療の質は日本より落ちる。それに対し、日本は確かに医療費の対GDP比が8.2%と極度に低いが、診察を受けたいとき に受けられる、安心した医療制度が確立されている。

確かに、欧州諸国の医療費に対する公的支出は高い。2006年現在で、日本が6.8%であるのに対し、フランス8.8%を初めとして、スウェーデ ンなどの北欧各国は全て7.5%を上回っている。そのため、スウェーデンでは医療費が無料、入院費や薬代も非常に低額となっている。しかし、国民の負担率 (租税負担率+社会保障負担率)は、スウェーデンが70.4%であるのに対し、日本は35.5%と非常に少なくなっている。このことを踏まえれば、医療費 への日本国民の負担が、欧州諸国と比べて極端に高いことはないはずだ。

これまで書いてきたように、日本の社会保障の医療分野では、世界各国に比べ、標準以上のクオリティーが保たれていると思う。ただし、それは日本政府が、医療費に対し現在と同程度の負担を続けた場合の話だ。

しかし、現在政府は医療費の国庫負担の削減などを進めている。さらに、医療訴訟を敬遠して、特に産婦人科などの医療事故の多い診療科で医師不足が 深刻になり、ここ数年地方の医療崩壊・救急医療の崩壊などが叫ばれている。だからこそ、政府は世界の医療のスタンダードを見極め、日本の医療費の公的負担 を減らすのではなく、よりよい方向へと改善していくべきだ。

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