石塚 廉「物語の分析・夢十夜 第一夜を使って」
中学・高校の教科書に出典されることの多い夏目漱石の『夢十夜』は、幻想的かつ暗示に富んだ芸術性の高い優れた作品であり、短編ですので日本近代文学への 導入としても有用です。この作品の「第一夜」を読み、その主題に迫るために、問題解決をしながら作品の奥深さを味わうという取り組みをしています。対象生 徒の学年は、中学2、3年生を想定しています。
課題の目的
- 問いを立てる力を養う。
- 問題解決を図ることにより表面的ではなく、分析的な読解方法を学ぶ。
- 物語の主題を想定し、そこから演繹的に問題解決をする力を養う。
取り組みの過程
1. 夢十夜・第一夜を読む。
2. 本文を読む途中で、「なぜだろう」「これはどういう意味だろう」と感じた個所について、問いを立てる。
- なぜ真珠貝で穴を掘らなければいけないのか。
- なぜ星の破片を墓標に置かなければならないのか。
- どうやって星の破片を見つけたのか。
- なぜ墓から百合が咲いたのか。
- なぜ真白な百合だったのか。
- なぜ私は腕組みばかりしているのか。
- なぜ百年待つのか。
- なぜ露が落ちたのか。
- なぜ暁の星がたったひとつ瞬いていたのか。
3. 主題について考える
- 「命の移り変わり」
- 「愛」
- 「一途な恋」
- 「美」
4. 自分で考えた問いについて、辞書やインターネットを使って問題解決を図る。その際、必要があれば講師は(考えるためのヒント)を利用して、生徒のサポートをする(答えのわからないものがあっても構わない)。
5. 調べたり考えたりしてわかったことを踏まえて、夏目漱石の「夢十夜 第一夜」の主題について説明する作文を書く。
『第一夜』を考えるためのヒント
- 「真珠貝」は穴を掘る道具として使われているが、それをスコップに変えたら物語の印象は、どうなるだろうか。
- 本来なら、女の亡骸を葬るという陰鬱な作業が、「真珠貝」を使うことによってどのように表現されているだろうか。具体的な記述を抜き出してみよう。
- 一般的な墓石と比べて、「星の破片」を使うことによって物語にどのような効果があるだろうか。
- 「星の破片」についての記述を抜き出してみよう。「土の上にかろくのせた」「抱き上げた」など、まるで女性そのもののように星の破片を扱っている。
- かどのとれた滑らかな丸い形……女の瓜実顔、曲線のイメージの連続が女性的でやわらかな印象を産む。
- インターネットで「百合」を検索してみよう。「百合」にはどんな意味が込められているのだろうか。
- 漢字に注目してみよう。「百」年後に「合(逢)」う。
- 「暁の星」とは「暁星」のこと。「明けの明星」ともいい、金星を指す。インターネットを使って「暁の星」に込められた意味を調べよう。
- 空から落ちてきた「露」とは何か。
- 他に、露や滴の流れる場面はあっただろうか。
- 「露」は「百合」を揺らす。「百合の揺れる様子」は、何にを指すのだろうか。もう一度「百合」について調べてみよう。
生徒の作文例
夏目漱石の「夢十夜」の「第一夜」を詳しく分析してみる。
この話の主題は二つある。それは「命の移り変わり」と「愛」である。今からその二つの主題について説明する。
まず「命の移り変わり」について説明する。物語の前半までの記述では、「女」は人間として描かれている。しかし物語の後半で、「女」は死ぬ直前に「きっと逢いに来る、百年待っていてください」と言って死んでしまう。男は、百年待とうして言われたように待っている。だが、なかなか百年がこない。やがて、女にだまされたと思った時、地面から茎が伸び、真っ白な百合が咲いた。そして遥か上の暁の星から、死ぬ直前に「女」が流した涙のように、ぽたりと露が落ちる。「百合」というのは、「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」というように美人の姿を形容する言葉である。また、字面に注目すると「『百』年後に『合(逢)』う」というメッセージでもあることが分かる。そして「暁の星」とは「明けの明星」といい「金星」のことを指す。金星はギリシア神話の美の女神である「ヴィーナス」を表していて、惑星記号も「♀」という「女性」を象徴するものである。つまり、それらから「女」は、身近に存在し、いつでも逢うことのできる「自然」となって逢いに帰ってきたのである。
次に「愛」について説明する。本文で使われている表現の多くから、思いを込めた様子や「美しさ」を感じさせる演出を読み取ることができる。たとえば、普通、死者を墓に埋めるときは、「真珠貝」を使用したり、墓石に「星の破片」を置いたりはしない。それらを用いて表現することによって、本来ならば「死者を葬る」という陰鬱な作業に「美しいイメージ」を与えている。また、墓石が丸く、滑らかであることは、「輪郭の柔らかな瓜実顔」という「女」のイメージと重なり、それを「かろく土の上に乗せた」や「抱き上げる」と表現することによって、優しく穏やかな、愛情を込めた様子を読み取ることができる。つまり、これらの表現から、二人はお互いに優しい穏やかな関係であり、愛し合う恋人同士、あるいは夫婦円満な関係であったことが分かる。
夏目漱石が書いた夢十夜の第一夜では、ある女が男に自分の死を宣言する。そして、死んだあとは墓を作り、そこで百年待ってほしいと言い、男は女に言われた通り百年待つ。一途な恋の話だ。
夏目漱石は、その一途な恋心を表現するためにいくつかのしかけを入れている。まず一つ目は、ロマンチックになるように女の墓を真珠貝で掘り、星の破片を墓標に置いている。真珠貝で穴を掘るとき、「土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差し、きらきらした。」と書かれている。これは、たとえばスコップで同じ作業をしたときには表せないロマンチックさだろう。また、星の破片を墓標に置くとき、「かろく土の上へ乗せた。」「星の破片は丸かった。」「抱き上げて土の上に置くうちに、自分の胸と手が少し暖かくなった。」と書いている。ここから、男は破片を女のように思いを込めて扱っていることがわかる。二つ目は、百年後に男の前に生えてきた真っ白な百合だ。百合には「純潔」という意味があり、男が百年待っていた一途さを表している。また「百」年後に「合(逢)」うというように、「百」と「合」をつなげると「百合」になる。百合は百年が経ったことを表すメッセージである。三つ目は、露だ。百合が咲いた後に空から露が落ちたのは、死ぬ前に女の流した涙だったのだろう。四つ目は、男が見たたったひとつ瞬いていた暁の星だ。暁の星は金星のことを指し、金星は美の女神、ビーナスの意味がある。女を表していたのだろう。
このように、夢十夜の第一夜には、たった四ページの中に主題にそった意味のある言葉が散りばめられている。
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