イスラエル・パレスチナ問題(高2・M君)

講評(講師:篠謙一)

沈黙を破る―元イスラエル軍将兵が語る“占領”

高2のM君が、「イスラエル・パレスチナ問題」について小論文を書きました。

これは、日本から遠い中東の、しかもアポリアともいえるテーマです。しかも中東の専門家ではない私が彼に与えられるコーパス(資料)は、ごく僅か であり、それ故、二人で本やインターネット等を利用して可能な限り調べ、そしてディスカッションを重ねながらの執筆となりました。

欧米資本主義国家間のパワーポリティクスや地政学的な問題に翻弄され続けてきた両民族は、国家的・民族的プロパガンダによって民族間の憎悪を煽り 続けています。そこには、異質な存在を排除することで、民族の結束力、及び民族のアイデンティティの強化を図ろうとする意志を読み取ることもできます。

そのような現実の中、我々がイスラエル・パレスチナに関する調査において知った事実の一つは、相互の民族間で恐ろしいほどの「無関心」と「ディスコミュニケーション」が進行している、ということでした。

恒常的に「戦時中」である彼らが、相互のことを理解しようとしないのは、当たり前だと思われる方も多いでしょう。しかし、他者への無関心が、他者 に対する恐怖を増大させ、危機管理意識を肥大化させてしまうという構図は、何もイスラエル・パレスチナに限らず、例えばアメリカの取ってきた先制攻撃理論 にも通ずる普遍性があると考えられます。

M君の導いた結論は、イスラエル・パレスチナのことを少しでも知ろうとした旅路において、無理なく自然に彼の脳裏に浮かんだものだと思うのです。

本文

『イスラエル・パレスチナ問題』

今年に入って、ハマスとイスラエルの停戦が発表されたが、この問題は第二次世界大戦が始まって以来続いている複雑かつ進展が一向に見られない民族 紛争である。そこで、第三者的な立場である日本人として、この問題の解決策を考えていきたい。私は、この問題解決のためには、民族間の相互理解が不可欠だ と考える。以下に二つの民族の立場を見ながら、その必要性を述べていく。

イスラエル側の立場をまず考えてみる。イスラエル人、つまりその多くを占めるユダヤ人は長い間、ホロコーストのような酷い差別を受けてきた。何十 万人といったユダヤ人が殺されているのである。そのため、彼らにとってイスラエルが唯一の住める場所と言えるのだろう。だから、彼らが国を持つことを否定 できない。

ユダヤ人が不毛の土地を開拓してこの国を作ったとイスラエルは主張しているが、実際は第二次世界大戦終戦以後、彼らはパレスチナ人の住居を破壊 し、彼らを国外へ追いやり、植民地を作り、国家を作ってきた、という国際的には到底許されないことを行っている。しかし、彼らは経済力ではパレスチナ人よ り優位に立っている。経済・軍事的な点で優位に立つ民族が国家を持つというのは自然なことのはずだ。

では、ユダヤ人は、パレスチナ人との共存についてどう考えているのだろうか。ユダヤ人主権の国としては、イスラエルが二千年ぶりである。さらに、 ユダヤ人が他の国にいたときには、幾度となく差別・迫害・虐殺を受けてきた。ナチスドイツのホロコーストだけではなく、世界中のユダヤ人も迫害を受けてい たようだ。このような迫害の結果、イスラエル人はホロコーストのような大迫害を根拠とし、また教育などの手段により多民族排斥の傾向を強くすることで、自 国に抵抗する勢力を徹底的に駆逐してきた。例えば、イスラエル人の兵士が、二〇〇二年のパレスチナの難民キャップであるジェニンの大虐殺のことを証言した 言葉がある。「(パレスチナ人の住む)家をつぶす命令を拒否する者なんか誰もいなかった。そんなことは全然なかった。(中略)俺はたっぷり満足感を味わっ た。本当に楽しかったんだ。四階建ての建物の壁を崩壊させたのを覚えている。」ユダヤ人は、パレスチナ人を人間として扱っていないのだろうか。さらに、別 の兵士が以下のような証言もしている。「ただ退屈だったから(パレスチナ人を)撃ったんです。僕らはその陣地に八時間も座っているんです。八時間もです よ! もうとても退屈で、何かせずにはいられなかったんです。」彼らは兵役中に退屈し、退屈という理由だけでパレスチナ人を銃殺していくうちに、心が退廃 してしまう。そしてパレスチナ人を同じ人間としては扱わなくなっていくのである。

しかし、パレスチナ人に興味がないのは、イスラエル兵だけではない。実は一般のイスラエル住民も、パレスチナ人に対する関心がほとんどないのであ る。例えば、あるイスラエル兵の母親の発言がある。「彼が困難な任務を遂行しているのはわかっていました。(中略)占領地で何かが間違っているということ に私たちは気がついていませんでした。」(以上三発言の出典―『沈黙を破る』土井敏邦著 岩波書店刊)彼女は、息子が占領地に行くまで、そこの状況を知ら なかったのである。さらに、この女性は、息子から占領地の状況を聞いても、パレスチナ人のことは気にせず、イスラエル兵の心の退廃のことしか考えていな かった。

次に、パレスチナ人の立場から考える。パレスチナ人は、いきなりやってきたユダヤ人に土地を取られ、そこから追われた。その後も、経済的にも軍事 的にも圧倒的に強いユダヤ人が、毎日のように空襲を繰り返し、土地を占領し、そして植民地を増やしてきた。今でも、イスラエル兵は、ガザ地区やヨルダン川 西岸地区に侵入してきては、パレスチナ人の前まで戦車を進めて威嚇している。例えば、イスラエル兵が戦車に石を投げつけたパレスチナ人の子供の頭を銃で撃 ち抜いて殺した、ということもあった。ガザ地区に住むパレスチナ人によると、一般市民は何もしていないのに、殺されていることに怒りを感じているようだ。 しかし、失業率三十パーセントを超えているガザ地区では、極貧の生活を送っており、抵抗する手段としては、石を投げることしかできない。例えば、ドキュメ ンタリー映画『ガーダ―パレスチナの詩―』(古居みずえ監督)に、このようなシーンが映っている。ガザ地区の街の、ごく普通の住宅街の一角での出来事であ る。突然、近くに駐留しているイスラエル軍が発砲し、家の壁に銃弾の跡が残ったのである。パレスチナ人にとっては、これがごく日常的なことになっている。 他にも、道路を特別な理由もなく閉鎖するシーンなど、理不尽な出来事が数多く前出の映画に映っている。

ここまで二つの民族について見てきたが、私には相互の民族が、相手の民族のことを理解しようとしていないように思える。ユダヤ人はホロコーストの 経験があるから、自分たちの行為の重大さを理解しているはずだ。そうであるにも関わらず、相手の民族の居住地へ躊躇なく侵入し、破壊や殺害を続けるのは、 やはりパレスチナ人を理解しようとしないからではないだろうか。そして、このユダヤ人の行為にただただ怒りを覚え、対抗して、パレスチナ人が自爆テロを起 こしているのではないだろうか。

では相互理解を作りあげるには、どうすればよいのだろう。イスラエルは、パレスチナ自治区を全て占領することを望み、パレスチナ人は、奪われた土 地を取り返すことを切望している。両方叶えられるのは到底無理なことで、利害が真っ向から対立する二つの民族が融和した歴史はほとんどない。しかし、近 年、イスラエルではパレスチナ占領地におけるイスラエル兵の蛮行を、イスラエル兵自身が語る「沈黙を破る」という市民運動が起きている。例えばこのような 運動に諸外国が注目して、イスラエルを国際的に非難し、イスラエル政府自身が自ら変われるように導くことが必要だ。そしてイスラエル政府が侵略について無 知なイスラエル国民に、パレスチナ侵略の実態を伝えたなら、国民全体の意識が変わり、最後にはパレスチナとの融和も可能となるかもしれない。

また、パレスチナ人のイスラエルに対する憎悪は、パレスチナの貧しさに大きく起因している。そこで彼らへイスラエルが経済援助を率先して行うこと で、徐々にその憎悪を和らげていくこともできるだろう。これらのことは五年、十年という短いスパンでできるものではなく、三十年、五十年という長い時間が かかるだろう。だが、そのような長い時間をかけてでも、イスラエル政府とパレスチナ暫定政府は、国民や民族を導きながら、継続的に双方の理解を呼びかけて いくことが不可欠だと考える。

究極の目標は、問題の絶えないこのイスラエル・パレスチナの地が、両民族の共存可能な地へと変わっていくことだ。この民族間の壮絶な争いは、すぐ には解決できない問題である。しかし、たとえ長い時間がかかったとしても、双方が人命という大きな犠牲を払わなくて済む共存の道を歩むための継続的な試み に対する期待を、私は持ち続けていきたい。

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