仙台への旅(中1・I君 中1・A君)

仙台への旅

I君 (中1)

<五反田>

目覚まし時計が鳴った。

今日は友達のAと仙台に行くことになっていた。五反田に六時集合となっていた。ちょうど六時につくはずだったが、山手線が朝本数が少ないのを忘れていたので十五分おくれてしまった。新幹線つばさに結局遅れた(指定席ではない)。その朝は凍えるような寒さだったので、少し悪いことをしたと思った。

<新幹線(行き)>

結局MAXやまびこに乗った。朝が早かったことと僕は人より長く睡眠時間を取らないといけない体質なので、行きの新幹線は寝ていた。途中宇都宮で山形号に乗った。乗りかえ時に見た雪景色がすごかったのを覚えている。

<仙台>

仙台に着いて、僕の予定では仙台城を見ることになっていたが、Aが城なんかではなく俺達は電車に乗りにきたのだといいはったため、仙台を観光するのをあきらめた。今回はAの旅につきあっておいて次回は文句をいわせないためだ。だからついたのは九時だったが、おみやげと駅弁のみを買い新幹線に乗って出発するまえに駅弁を食べて、まさにとんぼ返りで東京に帰ってきた。

しかし、帰ってきた時刻が正午だったためと、前日に買ったフリーパスがもったいなかったので、そのまま熱海まで行くことになった。

<熱海(行き)>

熱海に行くときにフリーパスが四回までなら指定席がとれることを教えてもらった。

指定席はとれたが、Aのミスでせっかくおどり子号にのったのにもかかわらず、海側でない方にとってしまった。少しAが落ちこんでいた。

<熱海>

ついたら少しおみやげを買い、帰りの電車がくるまでの間Aの乗りたがっていた八千系と、黒船号にのって再び熱海に戻り、そのまま東京まで帰ってきた。電車の中でおばさんがやけに多かったことを覚えている。横浜駅でぼく達は降りてそれぞれの家に帰った。

今回の旅でせっかく仙台まで行ったのに、とんぼ返りで東京に帰るという生き方もあるのかなあと興味深く思った。結果として楽しかったが、残念なことは、観光せずとんぼ返りになってしまったことである。しかし、それも旅のいっかんだった。

A君 (中1)

まだ夜明け前の五反田駅。僕はこごえながらIを待っていた。やっと来たと思ったら、十五分遅れだ。ありえない。乗る予定だった列車に遅れ、初めから計画が無残に崩れ果てた。I君にはぜひ一度そのことについて謝罪していただきたい。さて、そろそろ本題に入る。僕らは東京駅の新幹線ホームにたどり着き、列車を決めた。乗車するやいなやIは寝始めた。自分は仙台までの長い乗車時間、Iといろいろ話したかったが、寝始めた。しばらくすると、気付かない内に僕も寝ていた。そしてしばらく記憶が飛んだ。僕は東北新幹線のチャイムで起きた。Iも一緒に起きた。同じタイミングだった。なぜならIが遅れたために列車を一本遅らせなければいけなくなり、一本遅らせた事で早く仙台へ着く列車へ乗り継ぎをしなければならなかったからだ。そのため「次は宇都宮です」という放送を聞き落とさないように頑張って眠気と戦ったのだ。そして宇都宮での九分の待ち合わせをして僕たちは仙台へ向かった。

仙台に着いた。この地に立ったのは、二度目のことだ。するとIが観光をしようと言い出した。僕は無論それを断わり、今回の旅の主目的を話した。「この旅の主目的はあくまでも鉄道なのだ」と説いた。するとIは、あっさりとそれを受け入れた。東京方面への乗車列車を決め、時間があまったので在来線ホームに行ってみた。すると、阿武隈急行線の車両(写真)が止まっていた。2+2の4両編成だった。と、うかうかしていると時間が迫ってきたので仙台名物「牛たん弁当」を購入し、列車に乗りこんだ。

弁当を食べながら、Iと作戦を立てた。とりあえず福島で「つばさ」との連結シーンを見ようという事になり、福島で降りる事になった。福島に着いたとたん、僕らは走って連結部分まで行った。すると連結器カバーを開いたまま「つばさ」(写真1) (写真2)がゆっくりホームに進入してきた。連結シーンを見終わり「つばさ」の車体を見ると、まだ雪や氷が付着していた。相当寒冷な場所から来たのだろう、ということを読み取ることができた。僕らは列車に乗り込み、作戦会議をした。その結果、大宮で降りる事になり、大宮で降りて、湘南新宿ラインに乗り換え新宿へ向かった。車内でまた作戦会議をした。その時僕は、スーパービュー踊り子に乗らないか、というとてつもない案をぶち上げた。だが実現できない話ではなかったので、早速、実行に移った。

東京に到着し、五分程度のトイレ休憩をとるとすぐ列車に飛び乗った。やはり踊り子の車内でも彼は寝ていた。その間、僕は暇だったので時刻表をながめていた。列車はいつの間にか根府川を通過していた。と、あたふたしていると熱海に到着。僕はここで降りる事にした。なぜならば、伊豆急の各停には「ある車両」が存在しているのだ。それは元東急8000系だ。東急8000系といえば東急ステンレス黄金時代の全盛期に製造された車両なのである。僕はそれに賭けたいと思い熱海で下車したのだ。僕のねらい通りに8000系(写真)が来たので、その日は相当ツイてると思った。だが乗車できる時間は限られていたので、見るべきポイントをしっかり見た。僕の言う「見るべきポイント」というのは、東急で運転していた時と伊豆急に譲渡された後の相違点である。たとえば、車体のラインカラーやパンタグラフの形状、設置されている位置(写真)などだ。

僕らは伊東駅で降車し、熱海駅へ引き返す事にした。8000を降りた時、運転手の交代シーン(写真)を見る事ができた。というのは、熱海駅から伊東駅までがJR伊東線、そこから先は伊豆急の管轄になるので、運転手が変わるのだ。僕はその瞬間をしっかり写真に収めて熱海行の列車(写真)に乗り込んだ。

僕らは「特急踊り子」に乗り、横浜へ向かった。二人は疲れの色を見せ、電車にゆられていた。ボーッとしている内に横浜に着いた。横浜で僕達は解散し、僕は家路についた。

「知識の無いやつ」と旅をするのもなかなか良いものだった。いつも旅といったら「鉄」1 である人間としか行かないからだ。この経験は僕の「鉄ライフ」にいい影響を与えてくれたと思う。

(おまけの写真)

※作品のコピー・無断転載を禁止します

講評(講師:吉田真澄・後藤友洋)

中学生になり「自己」が確立されるとき、同時に、それまでその存在を認めることすらできなかった「他者の視点」というものが、意識せずにはいられない対象として心の中に生起してきます。この「自己と他者」の問題にいかに取り組むかということが、ハイレベルクラスにおけるひとつの課題であるといえるでしょう。

ここに紹介するのは、この教室で出会った「鉄」(鉄道マニア)を自称するA君と、電車にはまったく興味のないI君が、2人で実行した旅の記録です。この旅は彼らが自発的に企画・実行したものであり、私たち講師はそのプロセスについてほとんど指示を出しておりません。このように自ら学びをデザインできるようになることは、生涯学習社会を生きる上で必須の能力であり、自立への第一歩を踏み出した彼らをとても頼もしく思っています。

 電車に乗ることのみが関心事のA君と、仙台での観光が目的のI君。2人の異なる視点によって書かれた文章は、互いに不満を述べながらも、最後には相手を尊重するという、実に楽しい作品に仕上がっています。是非、2人の作品を読み比べながら、彼らがどんな少年であるのか想像してみて下さい。


  1. 鉄道マニア [戻る]

ハイレベルクラス

ハイレベルクラス
模擬投票の結果報告
国語専科教室では、「模擬投票」として主に中学生以上の生徒に今回の衆議院選挙に投票してもらいました。具体的には以下の手順で投票してもらいました。 『中学生からの対話する哲学教室』の90~91ページを読んで「無知のヴェール」 ...続きを読む »
ハイレベルクラス
シカゴへの旅 (Aさん・インター高1)
本文 『シカゴへの旅』 インター高1・Aさん 今年の夏のシカゴへの旅で、私はたくさんの優秀な人と出会い、何事にも積極的に参加することの大切さを学んだ。そして、将来について、改めて深く考える契機になった。 私が参加したのは ...続きを読む »
510F1J23QML._SL500_AA300_
秋の読書探偵最優秀作品賞(中学生の部)「オリエント急行殺人事件」(中1・K君)
2011年「秋の読書探偵 作文コンクール」(主催:翻訳ミステリー大賞シンジケート)にて、教室に通う中1・K君の書いた「オリエント急行殺人事件」が、見事最優秀賞に選ばれました(コンクール中学生の部 応募総数17作、うち最優 ...続きを読む »
Copyright © 工藤順一 国語専科教室 2017 | base design criated by Ani World.