2008年 読書感想文特集

今年の夏も、たくさんの生徒さんが読書感想文を書いてくれました。そのうちのいくつかをご紹介いたします。いずれも「かんたん! 読書感想文」を使い、努力の末に出来上がった力作です。まだまだたくさんの生徒さんが読書感想文に挑戦中です。追って紹介していく予定ですので、ご期待ください。

本文

「なんでもぽい」を読んで (Hさん・小2)

なんでもぽい! (おはなしカーニバル)まずあらすじをしょうかいします。しゅじんこうのまりこは、へやにおもちゃをちらかしていました。おかあさんにかたづけなさいといわれたのに、おもちゃをにわにすてました。そして、にわのあなにおもちゃをぽいっとすてました。それからおにいちゃんとおかあさんもぽいっとすてました。そのよるまりこは、一人ぼっちでかなしくなったので、おにいちゃんとおかあさんをたすけようとしてまりこもあなへはいりました。するとまりこのかたづける前のきたないへやにもどりました。そしてまりこは、おにいちゃんとおかあさんにあえたのでうれしくなりました。

私は一ばん心にのこったところは、まりこがおにいちゃんをにわのあなにすてたところです。なぜなら私にもおにいちゃんがいるからです。でも、もしも私だったらおにいちゃんをすてたりしないです。おにいちゃんがすきだからです。

私は、この本を読んでふしぎにおもったところは、なぜおにわにあながあったのか、ということです。もしかしたら、まりこのおじいちゃんとおばあちゃんが天ごくにいて、まほうでおにわのあなをつくって、まりこの心をやさしくしようとしたのかもしれません。  さいごにいいなと思ったところは、さいごはまりこがじ分でおへやをかたづけたことです。はじめは、じ分のへやをかたづけなかったけど、かたづけたので、安心しました。

「青い目のこねこ」をよんで (H君・小2)

あおい目のこねこ (世界傑作童話シリーズ)青い目のこねこは、ねずみのくにをさがしにでかけた。とちゅうでさかなとはりねずみときいろいねこにあった。そしてさいごにはねずみのくににいくことができた。

ひょうしを見たとき、ふつうの本はカラフルだけれど、この本は、白くろときいろと青だけだった。心にのこったところは、大きなほらあなで、ぎらぎらしてる目がゴリラだとぼくは思ったが、本当はなにかわからなかったところだ。ぼくは、きいろがすきだからきいろい目のねこがいいなと思った。いやだなと思ったところは、さかながしっぽで青い目のねこをぬらしたところだ。ぼくは、この本をよんでソウルイータの本を思いだした。もしも、ぼくが青い目のねこだったらちずを見ながらねずみのくにをさがしにいく。そして犬のせなかにのってにげる。しかし、にげないのがふしぎだった。

「なんでもぽい」を読んで (O君・小2)

なんでもぽい! (おはなしカーニバル)ぼくは、きょう「なんでもぽい」のかんそう文をかきます。このおはなしは、しゅじんこうのまりこがおかあさんにへやをかたづけなさいと言われて、それがいやだからぽいぽいちらかっているものを、まどの外にすてるおはなしです。ぼくはおかあさんにおこられてもものはすてません! なぜならもったいないからです。まりこはうるさいおにいちゃんとおかあさんもすててしまいました。そしてかなしくなって、じぶんもすてたらじぶんのへやにもどっていました。まどのそとをのぞいたらあなぼこがなくなっていました。じぶんでもそんなことがおこるなんてとてもしんじられなくて、びっくりしました。

「さよならエルマおばあさん」を読んで (Hさん・小3)

さよならエルマおばあさんまずは、このおはなしのないようをせつめいします。エルマおばあさんは、おいしゃさんにあと一年で死んでしまうといわれてしまいました。そこで、おばあさんはしんでしまうまでのよういをしようと、言いました。エルマおばあさんは、パーティーにでかけるときに、きまっておけしょうをしてでかけました。そしてまいにちたのしくすごしました。でもさいごになくなってしまいました。かぞくは、おばあさんのおもいどおりにおばあさんのいはいを海にまき、そのあとにバラもまきました。

わたしはこの本を読んで、エルマおばあさんがびょうきになってもげんきにおでかけしているところがいいなと思いました。そしてびょうきになっても、たのしくすごせばいいとわかりました。でもなぜたのしくすごせるんだろうかとおもいました。そのためには、うまれたときからたのしくすごせばいいとわかりました。

いまわたしは、がっこうがおわってからともだちとあそぶことがたのしいです。

「かわいそうなぞう」を読んで (Tさん・小3)

かわいそうなぞう (おはなしノンフィクション絵本)このお話はせんそうのあったころの上野動物園でのお話です。

私が一番心にのこっているところは、ぞうのワンリーとトンキーが何も食べ物をもらえなくて、ぞうがかりの人の前でげいとうをしたことです。そのころはせんそうをしていて、ばくだんをおとして、おりがこわれて動物たちがあばれだすからもしれないからぞうに食べ物をやらないでころそうとしていたのです。二とうは、よわっているのにげいとうをしてかわいそうだと思いました。それを見たぞうがかりの人は、えさをなげてはいけないと言われているけど、ぞうをころしたくないと思ったと思います。

せんそうは、みんながかなしむことだと思います。だから、二とうがしんだときに人びとがせんそうをやめたのでほっとしました。

私がお役人だったら、ぞうをころすのではなくてほかのことを考えたいです。どう物をころしたくないからです。

「やまんばあさん、運動会で大かつやく」 (Sさん・小3)

やまんばあさんの大運動会私は、この本を挿し絵がおもしろそうだったし、しょうかい文におもしろいことが書いてあったから、読んでみた。そのしょうかい文には「二九六才のやまんばあさんは、オリンピック選手よりも元気で、プロレスラーよりも力持ち」と書いてあった。私は、三〇〇才にもちかいおばあさんが、どんなことをするのか知ってみたいと思った。

ある日、やまんばあさんのもとへ、かしまし小学校の校長先生から運動会のしょうたいじょうがとどく。かしまし小学校に着いたやまんばあさんは、いろいろなきょうぎのルールを知らないので、おかしなことばかりする。さいごに、やまんばあさんのために、子どもたちがダンスをおどってくれて、うれしくなったやまんばあさんはいっしょにおどりだしてしまった。

中でも一番おもしろかった場面は、やまんばあさんが学校に行くとちゅう、美容室を通りがかると、運動会の司会の町長夫人の美雪奥様とまちがえられて、まるでソフトクリームみたいなおかしなかみがたにセットされてしまったところだ。そこで、やまんばあさんがかがみを見て、自分のかみがたにびっくりしている様子の挿し絵に、私は笑ってしまった。

二番目におもしろかった場面は、かり物きょう走のところだ。チョビひげの店長が、元気なおばあさんをかしてくれと言ったので、やまんばあさんが出て行った。かり物きょう走のルールを知らないやまんばあさんは、チョビひげの店長を頭の上に持ち上げて、かるがる走ってゴールインしてしまう。

私は、もしも自分がかしまし小学校の生徒だったら、やまんばあさんと仲よしになって、いっしょに鬼ごっこをして遊びたい。なぜなら、やまんばあさんは足がはやいから、なかなかつかまえられなくて、大さわぎになりそうだからだ。

「かわいそうなきつね」 (N君・小3)

チロヌップのきつね (きんのほしストーリー絵本)ぼくは、この本を読んでこう思いました。ぼくが、もしおじいさんかおばあさんだったら、ちびこを早く見つけて助けてあげたかったです。ちびことは、北の海のチロヌップという島に住んでいるきつねの子どものことです。

ちびこは、家族と幸せにくらしていました。ある日、漁をしにきたおじいさんとおばあさんは、ちびこを見つけてかわいがって赤いリボンを首にむすんでやりました。しかし、せんそうが始まり、ぼうやぎつねと、とうさんぎつねがへいたいにてっぽうでうたれ、ちびこは、わなにかかってしまいました。かあさんぎつねはちびこを見捨てなかったけれど、冬がきて二ひきともさむさに死んでしまいました。

その後、ちびことかあさんぎつねが死んでしまった場所に、おやこぎつねがよりそっているようなきつねざくらがさいていました。

どうしてそういうことになったかというと、きつねの親子がおじいさんとおばあさんにここで死んでしまったことを伝えたかったからだと思います。なぜなら、二人はちびこのことを、かわいがってくれたからです。

きつねの親子は、何もしていないのに、人間たちのせいで死んでしまったのです。ぼくは、かわいそうだな、と思いました。

「イラクのトットちゃんたち」 (Cさん・小6)

トットちゃんとトットちゃんたち私は『トットちゃんとトットちゃんたち』のイラクの章を読みました。作者は、黒柳徹子さんです。黒柳さんは日本初の女優で、ユニセフの親善大使としてもかつやくをしています。黒柳さんは、世界の戦争がおこった国々をたくさん見てまわってこの本を書きました。

まず初めにイラクの章の内容をしょうかいします。私の産まれる七年前の一九九一年のことです。イラクで湾岸戦争がおきました。アメリカ軍を中心とした多国籍軍はイラクへ大規模な空爆をはじめました。多国籍軍はイラクに早く勝つためにイラクじゅうの発電所をこわしました。その結果電気がストップしてさまざまな問題がおきました。たとえば、水道からきたない水が溢れて伝染病がひろまって、多くの赤ちゃんや老人が亡くなってしまいました。電気がストップしたため水をきれいにすることができなくなったからです。また、トイレの汚物が処理できなくなって下水が町中にあふれてしまいました。ほかにも、病院で手術ができなくなったり、エアコンがきかなくなりワクチンを保存できなくなって赤ちゃんや老人が病気になりやすくなってしまいました。

私がこの本で心に残ったところは、黒柳さんが避難民キャンプを訪れたところです。そこで黒柳さんは、一人のクルド人の老人に、イラクの戦争のことを世界中の人々に伝えてほしいとたのまれました。

逆に私がこの本で嫌だなと思ったところは、病院で電気がずっとストップしてしまい、手術ができなくなってしまうところです。けが人がいっぱいいるはずなのに手術もできないのは、かわいそうだと思ったからです。

私は前に学校でもユニセフの活動のビデオを見たことがあります。そこでは日本は水にとても恵まれている国ですが、世界の戦争がおこっている国では、水がたりないということが紹介されていました。また、学校の授業で日本も昔たくさんの戦争をしていたと習いました。日本はこれからはもう戦争はしないと言っていますが、最近ではその考えがだんだん変わっていると私は思います。

私は、作者がこの本を通して一番言いたかったことは、これからは絶対に戦争をしてはいけないということだと思います。戦争をすればたくさんの子どももぎせいになって多くの人が悲しんでしまうからです。多くの人が不幸になる戦争は絶対にしてはいけないと思います。

「あこがれの番長」 (Mさん・小6)

くちぶえ番長 (新潮文庫)「くちぶえ番長」の作者は重松清さんです。重松さんは、現代の小・中学生の悩みや問題を正面から取り上げて注目されています。しかし、その追求するテーマの性格上、小説全体のトーンが暗くなりがちです。その中で、この「くちぶえ番長」はペパーミントのような爽やかな香りがして、抵抗なく読み通すことができました。私が今までに読んだ本の中で一番面白かったです。

ある日、小学校四年生のツヨシのクラスにマコト君が転校してきます。マコト君はチョンマゲをして、一輪車に乗り、くちぶえの上手な女の子です。父親同士が小学校の同級生だったので、二人は友達になりました。ツヨシの学校には六年生の三人組「ガムガム団」がいて、下級生を泣かせて喜んでいました。マコト君は自分は番長になると宣言し、一人で勇敢にガムガム団に立ち向かいました。ブレーキのついていない一輪車を上手に操り、意気地のないガムガム団をやっつけます。読んでいて、ワクワクする場面の連続です。ツヨシもマコト君の行動に勇気づけられます。

私が感動したのは、マコト君がスポーツ万能で勇気があるというところです。スポーツが良くできるということはかっこいいし、勇気がある人がいると、いじめのないクラスになると思うからです。マコト君は私があこがれる、素敵な人です。実はマコト君が髪の毛をチョンマゲにしているのは、幼稚園の頃にお父さんが似合うと喜んでくれたからなのです。小さい頃にお父さんをなくして寂しいはずなのに、それを言葉に出さずに、しかも人が見たらちっともかっこ良くないチョンマゲで示すなんて、とても普通の四年生にはできません。マコト君がどれだけお父さんを好きなのか良く分かりました。きっと天国のお父さんがマコト君の心の支えにちがいない。

それとは反対に私が嫌いな所は、なんと言っても「ガムガム団」です。ずるがしこくて、自分たちよりも弱い者ばかりをいじめています。ツヨシがマコト君と初めて会う駄菓子屋では、6年生のくせに二年生からクジで当てた景品を取り上げようとしました。まったく「サイテー」(作者の言葉)の最上級生です。

その中で作者のユーモアが感じられて面白かったのは、スポーツ万能で信じられないくらいすいすいと一輪車を乗りこなすマコト君が水泳だけはできないことです。誰にでも弱点はあるものだと考えて、ちょっと楽しくなりました。しかしマコト君の負けん気がすごい。クラスの中で自分一人だけが「ビート板組」という一番水泳がへたな組だと分かった時、そしてツヨシが最高の「飛び込み組」だったので、彼のコーチで夏休み中に「飛び込み組」を目指して特訓をしました。私は読んでいて思わず「マコト君がんばれ」と心の中で声援しました。

マコト君に危機が訪れます。ガムガム団は、ピストル(おもちゃの)、バット(プラスチック)、むち(なわとびの縄)で武装して、マコト君に仕返しをするつもりです。マコト君が泣いたら、スパイカメラで写真を撮り、学校の掲示板に貼ろうという狙いです。それを知ったツヨシは思わず、お社の陰から飛び出してしまいます。相手に体当たりしてパンチを繰り出しますが、三人相手に勝てるわけがありません。もうだめだと観念した瞬間、マコト君が現れて、なわとびの縄で三人を縛ってころばせ、松ぼっくりをぶつけて、ガムガム団を全面降伏させました。やはりマコト君はかっこいい。われ先にと逃げ出す三人の姿を想像して、とても愉快でした。そして、負けると分かっていて三人に向かっていったツヨシの行動にも私は心を動かされました。友達を思う気持ちが自然とツヨシを勇敢な行動に駆り立てたのです。二人の心が通いあった美しい場面は私の胸にせまるものがありました。

とうとうマコト君が転校することになりました。おばあちゃんの病気のためです。自宅でお世話するのも難しくなり、大学病院へ通うのも大変なので、大学病院のある大きな市に引っ越すのです。四年生の四月にツヨシの学校に転校して来てから一年間。せっかくツヨシとマコト君が仲良くなれて良い関係を築いたばかりなのに、別れるなんてとても悲しいことです。弱い者に優しくて頼りになる、さっぱりした男の子のような女の子。マコト君は女の子であることを感じさせないような中性的な存在です。そんな不思議な魅力を備えた友達とツヨシも私もさよならをしなければならないなんて、作者は残酷です。私は悲しい気持ちで読み続けました。こんな別れは間違いであればいいのにと祈って。

私の印象に残った場面があります。物語の最初の方の話です。体育の時間に「腕立て歩き」をすることになりました。運動神経ゼロの高野さんはクラスの「余り」者で、本人もそれを自覚していました。クラスの女子を仕切っているおツボネ軍団の笑いものにされていました。その高野さんとマコト君が「腕立て歩き」でペアを組みました。マコト君は強引に高野さんをひっぱって、十五メートルを完走させました。乱暴な様子だけれど、一生懸命に二人で気持ちを合わせてフィニッシュしようとするのを見て、ツヨシは両手をメガホンにして「がんばれ」と叫びました。それにつられて、クラスのみんなも応援したのです。おかげでクラスが一つにまとまり、高野さんももう一人ぼっちでなくなりました。よかった、ホットしました。もし私がツヨシだったら、いじめられている高野さんをマコト君が助けるのを見ても、大声で後押しはしないのではないだろうか。なぜなら自分がクラスの人からいじめられるかもしれないからです。

マコト君の行動を読んでいると、つい応援したくなりました。作者はいじめる側よりも、いじめられている人の味方について、そちら側の方を守ってあげてと主張しているのではないかと考えました。そしていじめる側も、本当は自分がいじめられないようにいじめているのだと。この本を読んで私は、自分も人を守れる勇気を出していきたいと思いました。そしていじめている側にも、いじめられる側の気持ちを教えてあげたいと。

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