星のふる夜(6年・M君)

講評(講師:石塚廉)

千住博さんの「星の降る夜に」(冨山房)という絵本を使った作文例です。これは文字の書かれていない絵本を読み、自分なりに物語を文章化してみるという課題で、小学校6年生のMくんが受験後の卒業制作として書いたものです。

心の底から呼びかける声(=子ジカの本能)と、子ジカを不思議な冒険へと誘う歌(=未知なるものへの好奇心)とに導かれながら新しい自分自身を獲得していく成長の物語として素晴らしい作品に仕上がっています。

「小さな町の風景」、「ニングルの森」、比較作文、五感作文といったこの教室の教材をしっかり吸収し、「指輪物語」や「ゲド戦記」など豊富な質の高い読書経験を積んだことがよくわかる力作ですね。

講評(講師:工藤順一)

とてもすばらしい文章です。当時のM君の状況が子鹿に重ねられていて、こころを打たれました。一生の思い出になるはずです。

本文

『星のふる夜』
6年・M君

深い森のなかに、親子のシカが住んでいました。ある晩、子ジカが流れ星を追いかけて、見知らぬ世界に迷いこみます。それは一夜の出来事とは思えないくらい不思議な冒険でした。

その日まで、子ジカは母ジカや父ジカと一緒に暮らしていました。子ジカは生まれた時から母ジカや父ジカ、そして心の底から呼びかける声に従い導かれて生きてきました。この世界をよく知っている母ジカや父ジカ、シカの生き方をくわしく知っている声に従わなければ、この世界のことを何も知らない子ジカは生きていけないからです。しかし、子ジカには別の声も聞こえてきました。その声は歌います。よくわからない歌ですが、その歌は子ジカに変な感情を抱かせました。その夜、空は満天の星でうまっていました。

子ジカは夜の闇の中、ひとり眠れずにいました。今、心の中では自分に生き方を教えてくれる声ではない、別の声が歌っています。その歌は子ジカにばく然とした不安と、不思議な喜びを感じさせました。その時、満天の星空に、銀色に輝く尾をひいた流れ星が光りました。流れ星は川の下流にしずみました。川には満天の星空がうつっています。それは深く、どこまでも広がる世界でした。子ジカは自分が知らないその世界に始めて気が付きました。その時、心の中のあの歌がより高く鳴り響きました。ふいに川の下流へ冒険をしにいきたくなりました。歌わない方の声は何も言いません。そして子ジカは川に沿って歩き始めました。

川に宝石を散りばめたような星が輝いています。星々は子ジカを未知の世界へ導きました。子ジカは不思議な喜びでいっぱいです。それは新しい世界を旅する楽しさと、自分で自由に行動し、自立する嬉しさでした。しかし、子ジカの歩き方はどこかぎこちなく、あくまでもしん重です。それは子ジカの心の片すみにこの知らない世界を旅する不安があったからです。いよいよ心の中の声はとても大きな声で歌い始めました。

川に浮かぶ星たちは子ジカを導き続けます。そのうち、子ジカの心には燃えるような自信が芽生えてきました。それはこの未知の世界を行き来する自分への自信です。子ジカは闇くもに走り出しました。早くこの世界を歩き回り、さらにもっと燃えるような自信をつけたかったのです。しかし、この根きょの無い自信により、未知の世界の危険な場所をかぎ当てるしん重さが子ジカから薄れつつあったのでした。子ジカを闇くもに走り出させた自信が子ジカをしん重にさせていた不安をおおいつくしたからです。

子ジカは走りつづけました。そのうち、川とは違う輝きをもった星に出会いました。人間の作ったビルの街の明かりです。もう人間は住んでいませんでしたが、全自動発電所から送られてくる電気は今もたえず、夜中になると電気がつきます。しかし、子ジカはなおも走り続けました。子ジカにはあのビル街と星たちが見分けられなかったのです。むしろ見分けようとしなかったと言ったほうがいいかもしれません。ビル街は黒くそびえ立ち、妖しく光っていました。

子ジカはまず疑問を感じました。さっきまでまるで命があるかのように光っていた星たちが、突然色あせ、生気を感じられなくなったからです。子ジカにはその星たちがどのような顔をしているかも分かりませんでした。今まで星たちには元気なもの、落ち着いているもの、兄弟で仲良く遊んでいるものなど、それぞれの表情がありました。しかし、この星たちは無表情です。子ジカは混乱しました。おろつき、あたりをさまよいます。しかし、もとの場所にはなかなか戻れません。むしろ、もとの場所よりずっと離れてしまったように思われました。そこで子ジカは考えました。まず川は山の反対側にありました。そして川には美しいせせらぎの音があるはずです。山はビルにはばまれて見えません。そこで子ジカは目を閉じ、耳に頼りました。すると、沈もくしているビル街の遠くから水のせせらぎが聞こえてきました。その音は子ジカに希望をあたえ、はげましました。子ジカは川に向かって歩き始めます。その姿はゆっくり歩いていながらも、堂々としていました。

ぱっと視界が開けました。子ジカはもう走り出しません。川に浮かぶ星と、空に舞う星が交わります。それはとても神秘的で、美しい光景です。子ジカの心の中にはしっかりとした自信と、考える力が一つの花を咲かせていました。そして、子ジカはもどらなければいけない場所があることも分かっていました。

満天の星空に流れ星が銀色の尾をひいて川の上流にしずみます。子ジカは今から流れ星がしずんだ世界、父ジカや母ジカがいる世界に帰るのです。子ジカの心の中では歌う声も自分に生き方を教えてくれた声ももうありません。あるのは自分の意思です。そして子ジカが考えた結果、父ジカや母ジカのいる世界に戻ると決めたのでした。その世界はこの未知の世界よりはこじんまりしていましたが、そこには確かな母ジカと父ジカの温かさがあったからです。この広い世界を旅した子ジカには、母ジカと父ジカのぬくもりも大切であることが分かりました。この未知の世界を旅するには、このような故郷と呼べるものも必要だからです。それは、子ジカをはげました、勇気づける場所でした。また、自分がもうすぐ父ジカや母ジカのもとをはなれるのを感じていたため、別れをいうために戻らなければいけないと感じたからでした。

子ジカは森の中を歩いています。考え、判断し、父ジカと母ジカの所へ向かって進みます。そのうち、星たちがゆっくりと消えていきました。あたり全体が明るくなりはじめます。朝露で足が濡れます。青い鳥が木の上で鳴いていました。そして、広い野原に出ました。目の前には母ジカと父ジカがたっています。両親ともに、堂々としていました。しかし、子ジカには母ジカと父ジカがどこかほっと安心したようにも感じました。

しばらくして、子ジカとその家族が住んでいた場所の少し東側に行ったところに、父ジカ・母ジカと、そしてまた小さな新しく生まれた子ジカの三匹が住み始めました。

※作品のコピー・無断転載を禁止します



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